2020年09月21日

一生ものとはなんだろう

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何かものを買うときはこれきり、ずっと使い続けるつもりで選ぶようにしています。
なんでもです。初めての一人暮らしで買った食器洗いスポンジであってもそうでした。
なるべく分厚くて丈夫そうなものを買いました。後に早めに買い換えなければ洗剤を
無駄に使うはめに会うと知るのですが、買い物はそれくらいの気合いを込めています。

また、高い買い物は大切にして一生ものにしようと誓います。
スニーカーを履かずに仕舞っておいたら靴底がモロモロになってしまいました。
大切にする意味が違っていました。一生添い遂げられそうなものは大変少ないものです。

いろいろ失敗してきて買い物についてはより慎重になっています。
そんなこの頃、掃除、整理整頓、金銭的観点から買い物はしないに越したことは
ないという結論を出す前に長年欲しかった本つげの櫛を手に入れました。

夜シャンプー後にバサバサと髪を乾かして、朝はブラシでざっと梳かすだけでなんとなく
おさまっていたのですが、このところはそうもいかなくなってしまいました。

これこそが一生ものだ、ランニングコストからすればそう高い買い物ではないはずと、
謎の分析を言い聞かせて誰も背中を押してくれずともすっと買ってしまいました。

そのうえ、ヘッドスパに何回か行けば元は取れると粗い見積もりを出して
目の粗いブラシまで買ってしまいまいました。結果、よくまとまるのです。
静電気がおきずにまとめ髪の櫛目がきれいにつきます。ブラシも刺激は少々
痛いけれどよい髪が育つ気がします。ルーティンの楽しみにさえなっています。

それなのになぜ「買ってしまった」となるのか。

それは、職人さんの仕事を引き継いでしまったと気づいたからなのです。

職人さん仕上げたものは実は完成形ではなく、使い続け、メンテナンスを
続け完成するものだと。

毎日髪を梳かせたあとは櫛目を掃除します。
たまに椿油を塗らなくてはなりません。
それくらいのことといえばそうなのですが、他の材質であればなにもして
こなかったことです。
包丁も使ったら研ぐ、靴も履いたらブラシをかけるなど当たり前に
ケアしています。

長くつきあう道具は須くお手入れがセットになっています。

楽をして望む結果を得るための道具であるはずが、
使う側がお世話をさせていただく新たな濃い関係にして長い付き合いになる
予感がするものを「一生もの」と呼ぶのだと思います。
「一生もの」は、購買欲を収める口実のおまじないではないのです。
posted by cozue at 21:52| モノ