2020年03月18日

パン工房暁さん閉店 当たりを失うことについて

いつも電話を入れ名前を告げるだけで、
パンドミー4枚切りを予約できていた
『パン工房暁』さんが2020年3月10日閉店なさいました。

12年間ありがとうございました。

居住や長期滞在先の海外、勤務先の近くには
必ず美味しいパン屋さんを見つけて
通ったものですが、パン工房暁さんのパンドミーは
わたくしの知る限り最高でした。

トーストが身上。山形の耳に表面の気泡は大きく弾力強め。

耳がザクザクしてカリッとした中は
ほかほかもっちちりしっとり。
小麦の香りが立ちのぼります。
切れ目を入れて無塩バターを乗せ、
焼けた後、溶けたバターの上にさらに
バターひとかけと粗挽きの岩塩をふりかけます。

分厚くなくては中と外の食感の
コントラストは発揮されません。

流行りの生食パンには目もくれず、
食パンは”暁のパンドミー”、
サンドイッチは”暁の角食パン”
と決めていました。

身勝手な絶対の美味しさの要求でした。

いつでもあるわけではないこと、
今日できたことは明日できなくなっているかも
しれないということをコロナウィルス関連で
世の中の当たり前が消えいっている今、
身を以て実感しました。

どうして、冷凍まで食べきってから
買いにいこうとしていたのか。悔やまれます。
いつでも食べられるものとタカを
くくっていました。

奥様の姿が年明けから見えないことが多く
気になっていました。

どんなご事情かわかりませんが、
きっとご主人は、
開店と閉店の大きく違う現実の境の汽水域の時期に、
今日も作れた、明日大丈夫かと、
当たり前を失うことを気にしながら
わたしたちに当たり前を装い、
当たり前の安心を提供くださっていました。

どうしても感謝の気持ちを伝えたくなり
ブログをしたためました。

折しも本日、オーブンなどの機器類を
運び出すところに遭遇しました。
スーパーに行っても代用の
パンを買う気になりませんでした。

しばらくモーニングルーティンは
定まりそうにありません。




posted by cozue at 14:42| 日記

2019年05月06日

移転のため一時閉店いたします。

令和元年5月6日(祝・月)をもちまして
フラワーマンション304での営業を終了いたしました。
わずか4ヶ月ほどの開店ではありますが、
ご愛顧いただきありがとうございました。

すぐに移転の準備にとりかかっております。
秋頃には新しいお店で新しい商品やサービスを
お届けする予定です。

引き続きこちらのブログ、SNS、HPなどで活動の様子
お知らせしてまいります。
どうぞよろしくお願いいたします。
posted by cozue at 23:02| 日記

2016年04月16日

地震の瞬間とお弁当の愛

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昨日の地震は怖かったです。
私は福岡で揺れを感じました。

9:20頃駅に着いたところで電車がホームに入ってきました。
大荷物だったので、走ることもできず見送りました。
次の電車まで25分以上あります。乗り遅れてしまいもっと早く出ればよかったと
悔しく思いました。

2階の改札前のベンチに腰掛け荷物の整理をしていました。
しばらくすると隣にずっと座っていた小学生4、5年生くらいの男の子が
誰かを迎えに改札口に向かいました。

お母さんが来られました。

お母さんと再びベンチに座りほっとした男の子の様子が微笑ましく横目で見ていました。
と、その時彼と私の携帯の聞きなれない警報音が鳴りました。
画面をみると熊本地方に大きな地震とあります。

福岡のことでもないのになんで鳴るのかと思った瞬間に
徐々に大きく横揺れの地震でした。体感としては西方沖の時のようでした。
吊るしている電照看板も揺れていました。
少しおさまった思ったらまた大きく揺れました。
私は地べたにしゃがみ込んでしまいました。
男の子は「お母さんどうしよう」と怯えています。
お母さんは男の子をかばうように肩を抱きます。

おさまって、私は二人に怖かったねと話しかけました。
お母さんあの電車でよかったですね。
お母さんの乗った電車が止まってしまったら、会えずにもっと男の子は不安だったでしょう。

お母さんはテニス帰りの息子さんを迎えに来て、そのままとんぼ返りで
電車を往復するつもりだったそうです。
運動後だから男の子は、おうちに着くまでお腹が空いてしまため
家族の食事とは別にこのお弁当を作ってきたそうです。

電車が来るまでに食べようということですぐに食べ始めて
あまりに愛が溢れていたので、思わず写真を撮らせていただきました。

私は、何か落ち着くものが欲しかったのだと思います。

余震もありつつ、いつ電車が復旧するか分からないの中、
とりあえずお弁当を食べている間は男の子は不安がなかったのではないでしょうか。
しばらくして、それぞれタクシーで帰りお別れしました。

家に帰るまで熊本の状況はわかりませんでした。
夜は肌寒く、帰れない方を見るとすぐに自分に置き換えることが
できました。そして、東北ではもっともっと寒かったことを
思うと眠れませんでした。

福岡でも余震をまだ感じます。

テレビ局のお仕事関係の方が熊本にいらっしゃいます。
まったく震災、原発事故は過去のものでも遠い東北地方のものではないと
改めて思います。




posted by cozue at 01:16| Comment(0) | 日記