「美」について悩むとき、いつも自分のことについてでした。
時に深刻にときに人と比べるものであったり、
おおよそ「美しい」とは程遠い心持ちに居心地の悪さを感じておりました。
もっと美しくなりたいのに毎日、歳をとる。
どうにかならないかと思っていました。
焦っていました。
早くキレイにならなければ、老いてしまう。
そして、人との競争にさらされ続けます。
「若い」=「美」であり「老い」=「醜」です。
どんどん、切実さは増していきました。
これはきっと間違っているし、破綻する。
確実に老いは誰にもやってくる。それを否定し続けられはしない。
けして逃げきれない。
居心地の悪さから抜け出すことにしました。
一度、自分の美しいについて考えるのを止め
本当の「美しい」はなんだろうと考えることのほうが多くなりました。
かといって、わざわざ醜に傾いて、一気にベクトル変更をせず、
清潔で相手を不快にしなければ、なにより礼儀をつくすことを忘れなければ、
それでいいのかなと思うようになりました。
世の中には「美しい」がたくさんある。外へ目をむけると
「美しい」を感じることがより多く、深くなった気がしました。
そんなときに出逢った本です。
いきなり、核心ですが、
『美の発見は”他者に対する敬意”である。』
と書いてくださって、嬉しくなりました。
そう、それがあれば、私には「美しい」が蓄積される!
自分の美醜にクヨクヨ悩んでいる間、私は大切なことを見失って
しまってたのかもしれないと思っていました。
その答えもありました。
『「美しい」がわからない人達は合理的で主体的で
意志的理解力はあるが類推能力がない。』
危なかった。私もある意味そんな人だったということです。
とすれば、世の中「美しい」がわからない人のほうが
生きやすい世の中なのかなと思えます。
それで、いいわけないですよね。
たくさんの「美」に関する金言がちりばめられた身近な哲学書です。
時に深刻にときに人と比べるものであったり、
おおよそ「美しい」とは程遠い心持ちに居心地の悪さを感じておりました。
もっと美しくなりたいのに毎日、歳をとる。
どうにかならないかと思っていました。
焦っていました。
早くキレイにならなければ、老いてしまう。
そして、人との競争にさらされ続けます。
「若い」=「美」であり「老い」=「醜」です。
どんどん、切実さは増していきました。
これはきっと間違っているし、破綻する。
確実に老いは誰にもやってくる。それを否定し続けられはしない。
けして逃げきれない。
居心地の悪さから抜け出すことにしました。
一度、自分の美しいについて考えるのを止め
本当の「美しい」はなんだろうと考えることのほうが多くなりました。
かといって、わざわざ醜に傾いて、一気にベクトル変更をせず、
清潔で相手を不快にしなければ、なにより礼儀をつくすことを忘れなければ、
それでいいのかなと思うようになりました。
世の中には「美しい」がたくさんある。外へ目をむけると
「美しい」を感じることがより多く、深くなった気がしました。
そんなときに出逢った本です。
いきなり、核心ですが、
『美の発見は”他者に対する敬意”である。』
と書いてくださって、嬉しくなりました。
そう、それがあれば、私には「美しい」が蓄積される!
自分の美醜にクヨクヨ悩んでいる間、私は大切なことを見失って
しまってたのかもしれないと思っていました。
その答えもありました。
『「美しい」がわからない人達は合理的で主体的で
意志的理解力はあるが類推能力がない。』
危なかった。私もある意味そんな人だったということです。
とすれば、世の中「美しい」がわからない人のほうが
生きやすい世の中なのかなと思えます。
それで、いいわけないですよね。
たくさんの「美」に関する金言がちりばめられた身近な哲学書です。