2014年12月01日

人はなぜ「美しい」がわかるのか 橋本 治



「美」について悩むとき、いつも自分のことについてでした。
時に深刻にときに人と比べるものであったり、
おおよそ「美しい」とは程遠い心持ちに居心地の悪さを感じておりました。

もっと美しくなりたいのに毎日、歳をとる。
どうにかならないかと思っていました。

焦っていました。

早くキレイにならなければ、老いてしまう。
そして、人との競争にさらされ続けます。

「若い」=「美」であり「老い」=「醜」です。

どんどん、切実さは増していきました。
これはきっと間違っているし、破綻する。
確実に老いは誰にもやってくる。それを否定し続けられはしない。
けして逃げきれない。

居心地の悪さから抜け出すことにしました。
一度、自分の美しいについて考えるのを止め
本当の「美しい」はなんだろうと考えることのほうが多くなりました。

かといって、わざわざ醜に傾いて、一気にベクトル変更をせず、
清潔で相手を不快にしなければ、なにより礼儀をつくすことを忘れなければ、
それでいいのかなと思うようになりました。

世の中には「美しい」がたくさんある。外へ目をむけると
「美しい」を感じることがより多く、深くなった気がしました。

そんなときに出逢った本です。

いきなり、核心ですが、

『美の発見は”他者に対する敬意”である。』

と書いてくださって、嬉しくなりました。
そう、それがあれば、私には「美しい」が蓄積される!

自分の美醜にクヨクヨ悩んでいる間、私は大切なことを見失って
しまってたのかもしれないと思っていました。

その答えもありました。

『「美しい」がわからない人達は合理的で主体的で
意志的理解力はあるが類推能力がない。』

危なかった。私もある意味そんな人だったということです。

とすれば、世の中「美しい」がわからない人のほうが
生きやすい世の中なのかなと思えます。

それで、いいわけないですよね。

たくさんの「美」に関する金言がちりばめられた身近な哲学書です。

posted by cozue at 20:36| Comment(0) | TrackBack(0) |